マーケットの学校について
マーケットの学校は、2020年9月にスタートした市民参加型のワークショップです。 マーケットとは、仮設のお店が集まり日用品や食べ物の売買が行われる、誰でもふらっと立ち寄ることができる場のこと。北本では、定期的に開催されるマーケットとして、市役所芝生広場を会場に「&green market」、北本団地商店街では「団地マーケット」などが開催されています。飲食物や物販の販売だけでなく、弾き語りや作品の展示、こどもが店主になる”こどもマーケット”も開催されるなど、やってみたい気持ちの背中を押す場としても機能しています。
マーケットの学校では、連続プログラムとして、市役所芝生広場で開催している「&green market」を実践の場とし、対話と実践を行き来ことで、北本でのマーケットの在り方や暮らしの楽しみ方について考え続けています。

北本市役所の芝生広場で定期的に開催される「&green market」は、市内や近隣から様々な人が集まり出店者もお客さんも一緒になって思い思いに楽しむことができる、北本暮らしの魅力がギュッと詰まったマーケットです。また、最近では芝生広場を会場に、提案者と市が共催してマーケットを開催する連携事業も行われています。(リンク:市役所みどりの広場を活用したマーケットの共催)

マーケットの学校 特別編
2025年9月27日に行われたマーケットの学校 特別編では、マーケットの学校を主催する北本市の木村さん・講師である江澤さん、特別ゲストにマーケット研究の専門家である O + Architecture ltd.(オープラスアーキテクチャー合同会社)代表の鈴木美央さんを迎え、マーケットの中に生まれる様々な可能性について話し合いました。会場には前回の参加メンバーに北本市役所職員の方々も加わって、様々な立場からの意見が飛び交い、マーケットはもちろんのこと、人と一緒に時間を過ごす様々な活動にも通じそうなお話が、あちこちに脱線しながら進みました。

公園の真ん中に誰も使わない遊具が設置される理由
最初に提示されたのは、意外にもマーケットではなく、公園の真ん中に一人乗りの遊具がポツンと設置されている写真でした。「なぜ、この遊具は設置されたと思いますか?」という問いかけに、頭をひねらせる参加者のみなさん。そのうち、「ボール遊びを禁止するため?」という応答が。おそらく大筋はその通りでしょう。民間からの要望に行政が応える形で設置されたであろうこの遊具ですが、一人用なのに公園のど真ん中に設置されており、使われる様子はあまり想像できません。ボール遊びに困っている人の意見ももちろん重要ですが、子供からすると、あまりにも意地悪なやり方に感じるかもしれません。
このように、地域の様々な声をうまく調整できないことで起こってしまうディスコミュニケーションが様々なところで問題になっているのではないか、その問題を再び考えていく新たなコミュニティの場を作っていく必要があるのではないかと美央さんは言います。
そもそも、市役所とは文字通り、市の役を担う所だといえます。先ほどの遊具の設置を決めた方も個人的には「これが正解」とは思っていなかったかもしれませんが、手続きとして仕事として、遊具の設置をする役を引き受ける必要があったのではないでしょうか。ここで市役所職員の方から「過去に自分の考えを出して仕事をして、やるせない思いをした経験がある。それからは自分の考えでなく役をこなす感覚の方が強くなったかも」という意見が。また別の職員の方からは「仕事に税金が使われていることもあり、挑戦しても失敗しましたとは言いづらい職場かもしれない。失敗するかもしれないなら止めておこう、となってしまう」という意見もありました。

失敗?成功? 全部材料なのかもしれない
美央さんは「そもそも失敗ってないと思うんです」と応えます。一度失敗すれば原因や理由が分かり、次に失敗しないための材料になる、だからそれは失敗ではないのでは? また成功という考えも同様に、今はうまくいっているだけで、明日は分からない。どのみち常に調整し続ける必要があるのだから、成功も失敗も簡単にジャッジしない方がいい、というお話でした。
確かに物事をプロセスとして捉えられれば、失敗も成功も次に繋がる材料になるはずです。しかし、業務内容が幅広く、○○課という形で分業せざるを得なかったり、予算や事業が年度で区切られてしまいやすかったりする市役所では、全体を概観して物事をプロセスとして捉えるのが難しい背景もありそうです。
また市役所以外でも、この考え方を共有した人同士であれば、失敗・成功をジャッジせずに長い目で物事をみることが出来るかもしれませんが、その前提になる時間や経験がないと、実際に考えを共有していくのはなかなか難しいのかもしれません。

マーケットという練習の形
ここでやっとマーケットの話題が登場します。
マーケットでは出店、運営、お客さんという垣根を超えて、その日そこに集った人として、現場を共有することが出来ます。特に北本では、 「&green market」 という現場とマーケットの学校という対話の場の繰り返しを5-6年に渡って続けてきました。「現場を共有しながら対話していくこと」の可能性に触れ、江澤さんは「マーケットの学校を通して自分は優しくなったと思う」と話します。以前は何かするにも趣味の合う人としか一緒に出来ないと思っていたが、現場を共有しながら対話を続けてきたことで、今は面白がって地域の色々な人と関われるようになった。目先の成功・失敗よりも、長い目で物事をプロセスとして考えられるようになったからだと思う、というお話でした。
マーケットでは、物理的に現場を共有していることで、話し合うための前提、物事をプロセスとして捉えていくための前提もあわせて共有されているといえます。例えばマーケットで弾き語りライブをしたいという人が現れれば、その場に集まる様々な人の声を聞いて、場所や音量、時間帯を調整しながら、元々そこにいた人と調和できる形を探ってライブができるでしょう。そこにいる人や新しく関わる人にとって、最適な状態が何なのかを、自然と調整する流れが生まれていきます。
このような小さな調整、人と一緒に何かをする練習の場として、マーケットは機能していると考えられます。

人と一緒にいる練習 現場から始まる か 役割から始まる か
現在、このようにコミュニケーションを通して他者と共存関係を築く場は地域からどんどん失われています。同時に、人と集まることを練習する場も失われています。冒頭の遊具の話もコミュニケーションの不足によって起こった問題ですが、仕組みで解決する前に、まずはその場にいる人とのコミュニケーションが必要です。それはつまり遊具を設置する前に、公園にどんな人がいるのかを知ること、その声を拾うことです。しかし実際には、「遊具を設置する」という始まりからしか関わることが出来ない、そんなケースが増えているのではないでしょうか。
ここで参加者から「町会長を引き受ける人がいなくて今年は町会活動を止めた。今は次に引き受ける人の負担を少なくするための会議をしている。半年止まっているけれど問題ないから、活動はもういらないかも?と思いつつ、それでも前向きに議論していくのは大事だなと考えている」と意見があがりました。
町内会も本来は「町内」という現場があって生まれた組織だったはずですが、現在では役割だけが先行し、現場が見えづらくなってしまっているのかもしれません。人とまち、そこでの役割がどう結びついていくのか、これは大きな問題です。
もう一つの大きなキーワードは「前向きに」という言葉です。町内会の役割を持ち回りの「仕事」として捉えると、前向きになれないことも多いですが、一方マーケットでの役割は、基本的にやりたいことを持ち寄ったことで生まれる前向きな役割であることが多いようです。
この違いはどこにあるのでしょうか。そして、私たちはどのように前向きになることが出来るのでしょうか。
参加者の方は「とにかく関わるのが楽しい町内会にしたいなと思っている」と話されていました。地域社会の高齢化やSNS等の普及で個人時間が増えているなど様々な要因はありますが、小さくても楽しく前向きに出来ることを積み重ねるのが大切なのかもしれません。
ここに出てきたマーケットと町内会には、現場から始まる”持ち寄る場”、役割から始まる”引き受ける場”、という違いがあります。市役所の方の仕事も後者に入るでしょう。しかし、ここまで見てきた通り、コミュニケーションの前提として「現場から始まる”持ち寄る場”」がないと、様々なことがうまく展開していかないという課題があります。

窓口と雑談の違い コミュニケーションの入り口
マーケットの「現場から始まる”持ち寄る場”」はどのように日常につながっていくでしょうか。市役所職員さんから「マーケットではスーツでなく普段着なので、働いているのか遊んでいるのか分からないように見える所があるかも。窓口で会うのとマーケットで会うのとで、みなさんとのコミュニケーションが違うんです」と意見がでました。
「以前取材した都心のマーケットでも、企業の人が関係者さんに会いにいったり話をしたりする場としてマーケットを活用していましたね。電話だと「何事?」と思われてしまうことも、マーケットの場ならお喋りついでに自然に話せる。そういう場としてどんどん活用していくのがいいし、さっきの自治会の話でも、それぞれにマーケットがあれば良いのかも。」と美央さん。
マーケットの場では、役と人が中間的に見えるので、窓口の対話とは違う、井戸端の雑談のような会話が生まれます。気軽なコミュニケーションの中で生まれた関係が前提となり、様々な展開につながっていきます。窓口や会議ではない集まり方が、地域に新しい(懐かしい?)可能性を生むのかもしれません。

バラバラなものがつながる”マーケットっぽさ”
マーケットの学校 特別編では、ここに収録した以外にも様々なトピックが展開しあちらこちらに寄り道しながら議論が進みました。ここにいくつかのキーワードを挙げてみます。
・マーケットやコミュニティに通じる「 コ・デザイン」の考え
(共にデザインするという考え。行政や専門家だけでなく、住民や利用者も協働し、一緒に作っていくという考え)
・民間企業に比べ、市役所はお金以外のモチベーションが持ちづらいかも
・行政の仕事は「出来て当たり前」と評価されてしまう 加点ではなく、失敗したら減点、のイメージ
・でも儲からなくても出来ることをやれる(=新しいことを始めるハードルが高くない)のが行政 でもある
・社会も市役所も全てプロセスの一部。実践しながら考えていくのが重要
・組織の事情に対しての個人の事情は必ずしも”わがまま”ではないはず
・マーケットでなくても芋煮やワイン会など 集まる形は色々あって良い
などなど、ここにも書ききれないような膨大なトピックを行き来しながら、マーケットやまち、暮らし、役割などについて話が進みました。全てが一本道でつながっているわけではないですが、行きつ戻りつしながら様々な話題が緩やかにつながって議論の全体を形作っていく様子こそが、とても”マーケットっぽさ”を感じる時間でした。
終了後は同日夕方から夜まで開催された&green market へ。この日の夜は特別に映画上映会も開催されており参加者の皆さんと楽しく過ごしました。対話と実践が地続きにある、こちらもマーケットらしい時間を満喫する1日となりました。
(文/写真:暮らしの編集室)






