埼玉県北本市の西端。荒川からほど近い高台に、新井啓佑さんのお宅はある。
お宅から望む荒川周辺は一段と低くなっており、見渡す限りの田んぼが広がっている。
聞くと、その多くは、啓佑さんとお父さんが田んぼをやっているそうだ。

作付け面積は、なんと約15町歩(約15ha)。東京ドーム3個分より広い畑で、毎年お米と麦を育てていることになる。
また、米麦に加え、年間約
40種類以上の野菜も、市内の西側地域を中心に2町歩(約2ha)ほど育てているという。
北本でも随一の面積を誇る農家の
18代目、新井啓佑さんに話を聞いた。(202110月上旬取材)

18代目の挑戦

「田んぼは親父が殆どやってて、おれは野菜の担当で、好きにやらせてもらってる。家の周りにまとまって畑があればいいんだけど。耕して欲しいって言われたら断れないから、気付いたらどんどん畑が増えちゃって(笑)。あんまり多いと目が届かなくて草にしちゃうこともあるんだけどね。」

小麦色の肌に、人懐こい笑顔でそう話す新井啓佑さん。自身が野菜を作っている畑は、実はほとんどが借りている畑。地主が体力的に耕せなくなった畑を「草にしないで管理してほしい」と話が来る。それをほとんど断らないで受け続けていたら、市内の色々なところに畑があることになってしまったそうだ。夜明けから日暮れまで、市内を飛び回って野菜作りに明け暮れている。

畑は場所によって性格が全く違う

「その畑ごとに、水はけとか日当たりが違うから、正直やってみないとわからない。でもまずは大根を植えるかな。大根の育ち具合とか観察しながら一年間やってみて、なんとなく合う野菜を見るっていうか。今年は2か所の畑でニンジンを種まきして、今ちょうど芽が出始めたんだけど、畑によって全然違う。ニンジンは芽を出すときが一番難しいから。日当たりが良すぎちゃってもダメなんだよ。」

野菜のカタチが好きだ

年間約40種類の野菜を栽培しており、その中でも近年、力をいれて作っているのが「ニンジン」だそうだ。作っている種類だけでも「愛紅(あいこう)、アロマレッド、金美(きんび)プラス、京くれない、ひとみ五寸(ごすん)」と、6種類もある。本数にして約8万本。色も形も様々なニンジンについて、そのこだわりを聞いてみた。

「味はもちろん重要だけど、俺は特に野菜のカタチが好き。大根とかニンジンとか、お尻までぷっくりしているやつ。いいよね。大きさよりも、先まで実がしっかり詰まった、かっこいい野菜。あと、色なんかもやっぱり重要で、売り場に並んでいて、お客さんの目を引いたり、食べて喜んでもらえる野菜を作りたい。そのためにも、もっとうまく作れるようにならないと。」

できることをできる範囲で

今年40歳になる啓佑さんが就農したのは、今から約8年前。大学で中学校の英語教員免許を取得したが、教員の道には進まなかった。大学卒業後、東京でパソコンスクールの講師を数年経たのち、農業大学校で農業を学び、大宮市場でセリ人として働いていたそうだ。

「市場では果物担当として、色々な産地にいったり、バイヤーと交渉したり。それはもう、めちゃくちゃ大変だった。その体験が活きているかは分からないけど、色々な経験はできたかな。」

家業が農家とはいえ、そのままサラリーマンとして勤めていく気持ちはなかったのだろうか。就農したときの想いを聞いてみた。

「親父も爺ちゃんも、実は兼業農家で勤めながら農業をやっていて、親父からも継いでくれとは全く言われなかったんだよね。それでも帰ってきて、畑をやっているのは、やっぱり地元が好きで、何か地元で活動したいって気持ちがあったのかもしれない。」

小学校1年生のときから30年以上、地元のお囃子グループ「北袋囃子連(きたぶくろはやしれん)」で、活動してきた。その活動の影響もあり、地域に育ててもらったという気持ちが今でも強いという。それ故に、近所の人が耕せないで困っている畑があると、耕したり消毒したりといった事は、農業と並行して日々続けているそうだ。はにかみながら「できる範囲はね」と言う姿が印象的だ。

若い人のつなぎ役に

市内で新たに農業を始めた若手や先輩農家からも、啓佑さんの話はよく出てくる。実際に市内の畑で、若手農家さんと会話している姿もよくお見かけする。市内若手農家の団体でもある「北本市農業青年会議所」にも所属している啓佑さんに、北本市での、農家のつながりや新規就農者の現状について聞いてみた。

「俺も就農してまだ8年だから、先輩に比べればまだまだ若手なんだよね。しっかり技術を身につけて、お金も稼がなくちゃいけない。野菜の作り方で、悩むこともたくさんあるから、やっぱり横のつながりは大事じゃないかな。時間があれば話して、教わったり、教えたり。機械の貸し借りなんかもあるし、お互いにフォローしながら。まあ傷の舐め合いってところもあるかな(笑)」

継ぐもの。新たに始めるもの。

40歳という年齢になったこともあり、自身が若い世代と先輩農家の、つなぎ役になれればと話す啓佑さん。最後にご自身の将来像について聞いてみた。

「親父がやっている田んぼは、どこかで俺がしっかりと引き継ぎたい。それまでに、野菜の経験を積んで、将来的には農業をやってみたい若い人に、野菜の方は任せられるようになるのが理想かな。うちの畑が実践の場になって、若手が育てば俺もうれしいよ。そうなれば、自分が遠回りして色々と経験してきたことも、無駄じゃないかな。」


(お宅の前には爺ちゃんが植えたという柿が約50本ほどある。今年は柿の実が鈴なり。)

インタビュー中に何度も出てきた「もっとうまくなりたい」という言葉。その裏には、地元で悩みながらも、仲間と一緒に農業に打ち込み、農業を通して地域を未来につなげたいという、責任感がありました。今後の活躍がとても楽しみですし、頼もしいです。地域の後輩として、これからも啓佑さんの背中を見続けていきたいと思います。(岡野高志)

新井啓佑さんの野菜は、北本駅西口のヤオコーや、地場物産館「桜国屋」でお買い求めいただけます。ぜひお手に取って実際に食べてみてください。