秋の茄子を訪ねて

9月のお彼岸も過ぎると、季節はぐっと秋らしくなってくる。
朝晩は急に涼しくなってきて、夜はスズムシやコオロギ達が、声高らかに鳴いている。
秋の夜長の楽しみといえば、昔から「美味しいもの」が欠かせない。
お団子はもちろん、栗やどんぐりなどの木の実、新米も出てくる季節だ。
そんな秋の味覚の一つに、昔から秋の茄子(なす)が数えられてきた。
夏の茄子とは一味違う「秋の茄子」をつくる加藤伸弥さんへ、その魅力を聞いた。
(2021年9月中旬取材)

(ハウスの大きさは7m×30m。 一つのハウスには、千両2号茄子が50本、炒めて台湾茄子が30本、茄子の隣にピーマンや甘長唐辛子、4色のセリョリータピーマンが植えられている。)

『ナスの旬と聞かれると、難しいのですが、一番沢山採れるのは、暑い時期の7月から8月になります。美味しさで言うと、やっぱり9月から10月の秋茄子は美味しいですね。暑さも和らいで、ゆっくり成長するので、皮が柔らかくてみずみずしく、甘味がのってきますから。』

昔は養蚕をやっていました

北本市中丸地区で、野菜栽培を行う加藤伸弥さんは、代々を農業を営む加藤農園の6代目。年間を通して、約20種類の野菜を栽培している。農業大学校を卒業後、24歳の時に家業の農家を継いだ。年齢は27歳と若く、同じく若手農家のチームである、北本市農業青年会議所にも所属している。

『うちでは昔、蚕の幼虫を育てて仲買人に売っていました。その頃は、家の周りは一面の桑畑だったそうです。父親は子どもの頃、蚕と一緒に寝ていたみたいだから、50年前くらいまでやっていたと思います。』
日本国内の養蚕業の衰退により、加藤さんの祖父母は、養蚕から野菜栽培へと、生業(なりわい)を徐々に変化させていったそうだ。

土づくりに欠かせない菌の力

加藤さんのお宅の周りには、田んぼや畑など、のどかな風景が一面に広がる。その一角に建つ、2棟のビニールハウスでは、「千両2号」「炒めて台湾」という、2種類の茄子が育てられている。加藤さんに栽培のこだわりを聞いた。

(千両2号という名前の茄子。オールマイティーな茄子で、どんな料理にも合うのが特徴。)

(炒めて台湾という名前の茄子。名前の通り、炒め物など、油を使う料理と相性抜群。)

『やっぱり土づくりだと思います。実はこの土の中に、納豆菌とイースト菌が入っているんです。太陽熱と有機肥料の力も借りながら、この2つの菌を土の中で発酵させていきます。そうすることで、土が柔らかくなり、野菜に適した土壌が出来上がってくるんです。』

(納豆菌とイースト菌の培養の様子。 納豆菌(右側)は好気性の為、空気を入れて培養している。イースト菌(左側)は酸素を嫌うため、ふたを閉めて培養中。この菌たちをジョウロに入れて、畑にまいていく。)

「未来につながる農業」を目指して

微生物の力を借りながら、土づくりを行うことで、野菜自体が強くなり、味も良くなる。結果的に、薬の使用頻度も減らすことができるそうだ。このほか、加藤さんはコンパニオンプランツという、循環的な栽培方法も実践している。

『茄子の横にはピーマンも植えてあるんですが、一緒にマリーゴールドも植えてあるんです。いくつかの植物を一緒に植えることで、虫の被害を抑制する栽培方法なんですが、あくまで実験です。草も生やして虫の逃げ場を作っているんですが、祖父からは草を生やすなってよく言われています(笑)』

【茄子の白い部分は新鮮な証】

(『黒い部分はアントシアニンで、光に当たらないとうまれないので、へたをめくると白いんです。へたの部分から成長して日光に当たると、茄子が痛いやってなって黒くなる。白い部分がしっかり出ているのは新鮮なナスの証なんです。』)

『先日ハウスの中に大きな蛇がいたんです。木に巻きついていて、正直気持ち悪かったですが(笑)ハウスの窓も空いているので、ハチなどもよく入ってきます。ハウスの中は小さな世界かもしれませんが、自分の理想は未来に対して「大きなしっぺ返しの少ない農業」なんです。自然を相手にする仕事なので、その場所の生態系や環境に、少なからず影響を与えてしまいます。だからこそ色々と勉強して「なぜこれが必要なのか」を、しっかり説明できる農家になりたいと思っています。』

(今年1月に種を撒いたというアスパラガス。生で食べさせてもらうと、自然な甘みが口いっぱいに広がった。販売はこれからとのこと。)

野菜を通してお客さんとつながる

今までの経歴や、実家が農家という幼少期からの経験が、自身の考えに影響を与えているのだろうか。加藤さんに聞いてみた。

『大学では物理学を専攻していました。小さいころから研究者になりたいと思っていて、その夢は叶えられませんでしたが、農業と物理学は近いところがあると思っています。それは実験と結果の因果関係があると追及するというところ。しかも農業の面白いところは、出来た野菜は自分のモノだけでなく、人が喜んでもらえる。茄子を通じて、自分とお客さんの気持ちが繋がっていく。幸せなことだと思います。』

北本を感じる野菜を

お客さんとつながることが、自分自身の成長にも繋がるという加藤さん。その思いの根底には、地元「北本」に対する想いがある。

『父親が地域の歴史が好きなこともあって、昔から自分も北本の歴史にふれあってきました。今でも北本は大好きですし、自分の作る野菜や考え方が、多くの人に伝わって「北本の野菜を食べている」っていうアイデンティティに繋がったら、とても嬉しいです。ここで採れて、すぐに食べられるんだよってこととか。そんな想いが地域で広がっていったら素敵ですよね。』

最後に、農家を継いだ率直な感想を聞いてみた。

『自分にとっては、家が農家だったし、いつでも農業にチャレンジできる環境がありました。恵まれているとは思うけれど、もちろん葛藤はありましたし、今でも悩みながら続けています。それは、自分の思うような野菜が採れたらやっぱりうれしいですし、美味しく食べてくれたらもっと嬉しい。でも、実際に売場に売れ残ってしまう日もあって、そのときは悲しいですよね。その毎日の繰り返しです。』

一人の青年が、悩みながらも目の前の土に向き合い、野菜づくりに取り組んでいる。取材を通して感じたのは、その試行錯誤の過程は、農家だから特別なのではなく、自分も含めた同世代も同じで、とても共感できるということ。
様々な思いを込めた野菜が、加藤さんをお客さんや地域とつなげていく。その一つ一つのつながりが、加藤さんの原動力となり、地元を想う共感の輪が広がっていくのだと感じた。

※2021年10月現在、加藤さんのつくる野菜は、北本駅西口のスーパー「いなげや」で購入することができます。ぜひお試しあれ。

(岡野高志)

(お宅の脇にあるカマドは現役で稼働中。この日も加藤さんのおばあちゃんが小豆を煮ていた。)